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寧宗 (元) : ミニ英和和英辞書
寧宗 (元)[ねいそう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [やすし, むしろ]
  1. (io) (adv) rather 2. better 3. instead
: [そう, しゅう]
 【名詞】 1. sect 
: [げん, もと, がん]
  1. (n,n-suf,n-t) (1) origin 2. basis 3. foundation 4. (2) former 

寧宗 (元) ( リダイレクト:イリンジバル ) : ウィキペディア日本語版
イリンジバル[げん, もと, がん]

イリンジバルモンゴル語: 、 、 、 1326年5月1日 - 1332年12月14日)は、モンゴル帝国)の第14代皇帝(大ハーン)。読みは、イリンジバル(中国語)、リンチンバル(モンゴル語)、リンチェンパル(チベット語)。
== 生涯 ==
明宗コシラの次男。母バブサ(八不沙)はナイマン部の人で、コシラが即位以前、アルタイ山脈の西に亡命していたときに生まれた。コシラが不審な急死を遂げて弟の文宗トク・テムルが即位すると、鄜王に封ぜられた。
1332年旧暦8月にトク・テムルが病死したとき、トク・テムルには実子エル・テグスがいたが、トク・テムルはコシラの子を次代のハーンに立てるように遺言した〔杉山『モンゴル帝国の興亡(下)世界経営の時代』、218頁〕。
トク・テムルを擁立して独裁権力を握っていた中書右丞相エル・テムルはコシラを毒殺したと言われており、彼は皇后ブダシリにトク・テムルの皇子エル・テグスを擁立することを提案した〔ドーソン『モンゴル帝国史』3巻、201頁〕。ブダシリはエル・テムルの力が増すことを恐れて、トク・テムルの遺言に従ってコシラの子を擁立することを望んだ〔外山「寧宗(元)」『アジア歴史事典』7巻、274頁〕。
長子のトゴン・テムルは都から遠く離れた広西に流されており、次子のイリンジバルが大ハーン擁立された。エル・テムルはイリンジバルを10月に即位させ、ブダシリが皇太后として後見した。同年12月、新帝イリンジバルはわずか43日の在位で急逝した〔〔〔。
エル・テムルは改めてブダシリにエル・テグスの即位を要請したが、エル・テグスが幼いことを理由に再び固辞された〔。既に13歳になって分別のつく年頃である長子のトゴン・テムルを即位させるのに難色を示したが〔、最終的にトゴン・テムルが呼び戻された。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「イリンジバル」の詳細全文を読む




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